2016年01月19日

私の腸閉塞(絞扼性イレウス)記

ジャニーズのなんとか君が腸閉塞で入院!という記事で、コメント欄に痛いんだよねーってあるのを見て、なんか違う!痛いんだけど、鈍痛なんだよ!苦しいんだよ!と思い出したので、別のところにアップしてた記録を転載。(名まえは違うけど、私です。)

でも、なんとか君は手術にならなかったみたいで良かったね。
逆に、オダギリジョーの第二子が同じ病気で命を落とされたみたいで。
知らなかった。お気の毒でならない。

オダギリジョーと香椎由宇の次男の死去 絞扼性イレウスの恐ろしさ

私も腹痛で病院にかかったものの、なかなか診断してもらえず(診察ではなく、診断。)、結果的に、腸閉塞で、もうちょっとで危なかったと言われた経験がある。(たいていの医者は、治った時に、こういうような気もするけど)

では、以下、私の病気体験記〜。

かれこれ、、、、もう忘れた。まだ20代の5月の下旬、週の始めから体調が悪かった。金曜日のお昼ご飯を食べた後から、本格的に気分が悪くなり、夕方には、身体を起こしていられないほどに。なんとかタクシーで家に帰った後、病院に行く気力もなく、腹痛と吐き気でトイレと部屋を右往左往。(この時、病院に直行しても良かったのかも。)

夜になって、熱も出てきて、かなりやばいと思い、区がやっている夜間の急病・安心コールとやらに電話してみる。そこでは、一応、医者らしき人が出たけど、診察もしていないのに、診断を下せるはずもなく、症状を話すと下痢止めを飲むように言われ(っていうかこの制度まるで意味ないと思う。)、夜間でも急患を受け付けている病院を調べて病院に行くように言われる。(っていうか教えてくれてもいいんじゃ!!あれ?教えてもらったのか・・・?忘れた。でも、一回どっかに電話した覚えが・・。)

今度は、夜間の急患を受け付けている近くの大きめの病院に電話、症状を話すとすぐ来ていいと言われたので、タクシーを自分で拾って病院に。この時点で夜中の2時ぐらい。(タクシーの運転手さんには、見舞客だと思われたよ。)

とりあえず当直の内科の先生が診てくれた。腹痛と吐き気、熱があること、そして、以前に婦人科系で開腹手術をしていること伝え、採血。多分、ここで白血球の数が多かったので(内部で炎症を起こしている証らしい)、外科と婦人科の当直の先生もやってきた。

私自身、前の婦人科系の病気の再発かなと思っていたけど(その時は、夕方に病院に行って、診察後、即手術、10日間入院だった・・・。)、この段階では、何の病気か診断されず、翌日、再び詳しく検査するために婦人科に入院することに。ちなみに、外科の医者は、もう見るからに研修医だった。もっとベテランが診てくれていたら、この時点で、腸閉塞の疑いありの診断はしてくれていたと思われる。

痛みは治まらず、うなり続けていると、産婦人科病棟の看護婦さんに、「痛いのはあなただけじゃない」と言われる始末。朝には、普通に食事まで出される。もちろん全然食べられない。食べないでいると、また看護婦に叱られ、汁物だけすするが、吐き気に襲われる。

なんとか実家に電話を入れて、母親を驚かせすぎた後、友達にも電話して、適当に入院グッズをもってきてもらうことに。

午前中、再び婦人科で診てもらうが、ここでよく覚えてるのが、エコーかX線かで、「何だよ、ガスがいっぱいで見えない」と言っていたこと。でも、婦人科の医者がそれが何を意味するかわからなったようで、やはり何の病気か診断されないまま、病棟に戻る。(もう自分で歩けないので、車椅子。)

そして、友達が買ってきてくれたパジャマに着替えるが、お腹がすごく苦しい。(ついでに5月の終わりなのに、冬物を買ってきてくれたので、暑かった。熱のせいかもだけど)心なしか、お腹が膨れている。エイリアンみたい。怖い。

看護婦さんに言って、ハサミを持ってきてもらい、ズボンのゴムを切る。看護婦さん、パジャマのゴムを切る女を不思議そうな目で見ていた。

とにかく痛いのと苦しいのと、なかなか診断が下されない不安とで、朦朧としたまま、夜に。その夜から、猛烈に嘔吐が始まる。金曜日に食べたものは、とっくに吐いていたので、黄色の胃液、そして最後には、緑色の物体X(でなくて本当は胆汁)を、吐き続けた。(同室の歯ぎしりのうるさいおばちゃんも起きて心配してくれるほど。)

この辺りで、ようやく気づいてもらえたようで、日曜日の午前中に外科医が数人やってきた。で、日曜日は、スタッフが揃っていないとかで、月曜日に手術するという。やっと・・・!って感じでもあったが、不安の方がでかい。診に来ていた外科医がみんな若く見えたので(30代後半ぐらい)もっと、ベテランに診て欲しいと、うなされるように訴え続けていた。

そして、月曜日。外科に移され、午前中に、鼻から小腸まで管を通す。(これで途中で塞がって、行き場をなくした内容物を外に出す〜。)午後から手術開始。点滴は、首から。麻酔は背中に。全身麻酔だったので、本人的には、お花畑の夢を見ることもなく、あっという間に終わった感じ。(麻酔をかけている時に、「10数えてください」って言われて、数え終わったらすぐに、「起きてください」と言われたような感覚。)

でも、この手術直後も地獄だった。とにかく喉が渇いて仕方がない。でも、飲めるはずもなく、鼻から通した管がすごい違和感で苦しくて、息も出来ない!痰もからむよ〜!というと、吸引器で取ってくれるんだけど、余計苦しい〜〜〜!熱も上がってたようで、検温した直後、やばいって顔されるし。(この時に、本当に高熱の人間は脇の下冷やされると学習した。)

結局、鼻の管とは2週間だったか、3週間だったかのおつきあい。その間、完全絶食。水分は氷を口に含ませて取るのみ(調子こいて飲むと吐き気に襲われる)。点滴は、首はずっとで、もう一本、腕の内側だけでなく、最後は手の甲に刺されていた。背中にも一週間くらい何か刺さっていた。(痛み止め用だったらしい。)お腹にも何か太めの管が刺さっていた。(これは今でも跡がある。)そして、毎朝、レントゲン技師のお兄さんが、病室まで腹部のX線を取りに来ていた。(ちなみに、一番嫌いな下の管は、1週間ぐらいで取ってもらった。)

愕然としたのは、自分のお腹の手術跡を見た時。なんとおヘソの上から切っていて、何を思ったか、おヘソのまわりをくるっと半円を描いて、また下にのびていた。もしかして、これ切ったの、最初にいた研修医かよ!!??の世界。(ちなみに、名ばかりの主治医はこの若い医者だった。実質は、別の先生だったけど。土日関係なく毎日顔を出してくれたいい先生。)

正式病名は、絞扼性腸閉塞。なんでも思い切りねじれていて、癒着がひどかったそう。っていうか、もちょっと早く診断してもらえていたら、そこまでひどくならなかったのでは!?とは、退院後、家庭の医学とか読みあさった後の感想。(ちなみに入院は丸一ヶ月間。)

教訓、金曜深夜に病気になるのはやめよう。(って無理なんだけど)

今なら、ドクターGにでてくる福井県立病院救命救急センターの林先生に診てもらいたい!

posted by ひま at 19:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 病ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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