2015年06月16日

絶歌を読んだ

読書メーターで感想を書いていたけど、長くなりそうなので、久々にブログ。

神戸連続児童殺傷事件は、強烈に印象に残っている。被害者の残酷な遺棄状態よりも、犯人が少年ということは元より、犯行声明文の字体に驚いた。

警察は最初から子どもが犯人とわかっていたんだなと思ったから。

その酒鬼薔薇聖斗が元少年Aとして、本を出版したというニュースを見た。

出版がニュースになった日、いつもの本屋が早売りしていたので、買った。
だけど、買ってから、少し後悔した。自分が恥ずかしかった。被害者遺族のコメントを読んだからかもしれない。

そもそも、何で買ったのかというか興味を持ったのは、その何カ月か前に、佐世保小6女児同級生殺害事件の被害者父親の同僚であり、その後を取材した毎日新聞の川名さんの「謝るなら、いつでもおいで」を読んでいたせいかもしれない。(このタイトルは、被害者のお兄ちゃんの言葉。)子どもが犯した殺人罪の更生について特に興味があったからかもしれない。

読み始めると、事件当時と変わらない自己顕示欲とナルシシズムに気持ち悪くなって、あとがきを先に読んだら、嗚呼、この元少年と名乗る32歳男性は、まるで反省はしていないと思った。

彼には良心がない。そして、演劇性人格障害でもあるように思えた。(「良心をもたない人たち」を読んでます。それくらいの知識です。)少年院時代かその後か本を一杯読んだのであろう、自己陶酔した過剰な装飾の多い文章、被害者意識、それは本退院してからも変わっていない。それが、272頁の出来事で初めて彼は自分のために後悔する。あくまでも自分のために。

前半の第一部を読んでる最中は、とくに、村上春樹読んでそうとか、自分に関する本、他の少年犯罪の本は読みこんでそうと思ったら、当たってた。いや、ほんとなんちゃって村上春樹度が高い。

文章力があろうとなかろうと、本当のことを書いているとは思えなかった。犯行動機は後付けに思えるし、自分の文章に恍惚とさえしてる。こんな文章は世に出すべきではない。日記にしておくべきだった。ただ、本当は、もっと詳細に事件について記述してたかもしれないとさえ思えた。

第二部は、ほとんど、社会常識のない無知な自分が、社会に放り出されたオレの武勇伝になっている。だから余計に前出の272頁で、初めて、自分が何をしたのか知ったのではないかと、私は思った。(この部分が、人によって解釈が違うのが興味深かった。)良心があったら、とっくに精神が崩壊している。でも、彼はしていない。

彼はこんな文章書いてないで、仏門に入った方がいい。仏像を被害者のために彫る方がずっといい。写経でもいい。何処かにそんなお寺はないのか。

あと、もし、この元少年Aが、知らず知らず自分の近くに住んでいたら?という恐怖なのか差別なのかわからない微妙な感情はなくなった。彼は、二度と罪は犯さないだろう。それぐらい頭がいい。彼は14歳だから、捕まっても刑事罰を受けないと知っていたから、犯行がエスカレートしたのだと思える。少なくとも、彼は無差別ではない。確実に自分より弱いものを選んでいる。

本当に、少年法の改正を望む。あと、更生プログラムも、意味がないような気がする。(更生するなら、もっと、ちゃんとした社会人として生きられる力をつけてからの方がいい。元々なかったのかもしれないが、あまりにも落差がありすぎる)というより、やはり、人を殺めたんなら、罰は受けるべきだ。(医療少年院は刑罰には値しないぐらいぬるそう。)

そして、彼は今、確実にエゴサーチしてると思った。
なので、本気で仏門を勧める。手先も器用そうだし、向いてると思う。

最後に、仮退院後の彼の里親になったYさん夫婦には本当に感服する。
いっそ、ずっとそこでお世話になれないんだろうか。

支離滅裂になったけど、被害者遺族の方に、こんな本を読んでしまって申し訳ない気持ちもある。

ブックオフにも売らず、捨てずに何処かで供養したいくらい。
あ、出版社に返してもいいのか。(しないけど)

でも、こうやって書いているうちに、「あとがき」にある、彼が書かないと精神が崩壊してしまうの意味も、別の意味にも捉えられるなぁと思ったり。

読む前に読んだもの
神戸新聞 遺族の抗議文全文
神戸新聞 「出版動機知りたい」彩花ちゃんの母コメント全文
酒鬼薔薇聖斗の手記『絶歌』が発売されることについて書店員として思うこと
「元少年A」手記 「Aは非礼では済まない乱暴なことをした」〜週刊朝日

読んだ後に読んだもの
神戸連続殺傷事件「元少年A」はなぜ手記を出したのか? 太田出版・編集担当者に聞く
太田出版〜『絶歌』の出版について

書評いろいろ
元少年A『絶歌』神戸連続児童殺傷事件:質問疑問に答える:出版は正義に反する。しかし内容は心に迫る
元少年A『絶歌』よんでみた:ロマン優光連載33
「酒鬼薔薇聖斗」の“人間宣言”――元少年A『絶歌』が出版される意義

私は逆に、神格化しちゃう子が現れそうな気がする派。

これの「あなた方は、『加害者の側になる可能性がある』のだが、それは考えたことがないのか?」はわかる。それ以外は?が残るけど。
『絶歌』を批判する人に決定的に欠けている視点〜長谷川豊元フジテレビアナ

(追記)
そして、2015年6月18日、出版社は増刷を決定したというニュースが流れた。
買った私が言うのもなんですが、マジですか。

この本の内容は、名誉棄損に値すると思うので、遺族の方はそちら路線で裁判を起こされた方がいいかもしれない。最初は倫理観に訴えたのかもしれないが、この出版社は法的な力がない限り、売れる本は、刷り続けるだろう。

posted by ひま at 22:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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